Details 01-2 更新 1999/04/08 Flag_Germany

軍用サイドカー・BMW R75について

女は乗せない ” 戦車隊”



「オタク ラ・・は自衛隊?」desuka


15年も前のある日、午後3時頃の話です。
BMW モーターサイクル60周年記念ショウが開催されました。(昨年の1998年は75周年記念年です)

出展のためR75で会場に向け自走しておりました。その他の出展関係車輌はキャリアカーならぬ運送屋さんのトラックを借りての搬入となっておりましたが、R75はガタイも大きく、積み込み・現地での積み下ろし等の関係で都合の良いトラックの手配も付かない事情も有っての自走中でした。


「 ん !?・・」
「otaku ra jieitai?」ともう一度はっきり聞かれた。

運転席とは別に、後部のドアガラスを開けてもう一人が身を乗り出し右手を私の方に向けて大きく円を描いている。


解った!、私が自衛隊員あるいは其の関係者かと聞いているの・・だ、理解するまでに時間も掛かった。 今までにも、「その車はなんていう車?」とは何度も聞かれた経験が有るが・・・マサカ 自衛隊とわ! いずれも信号待ちで隣り合わせた、わずかに袖振り合う時間での出来事でしかない。


「 エッ? おたくはドイツ軍で日本に駐留してんだアー・・」

よしなよ オジサン!
NATOか国連か知らないけど、西ドイツ軍隊(当時は東西未だ別れてました)が我が国に駐留するなど、どうして話がそう急進して大きく外れる・・の?

進駐軍の話ならマッカーサー元帥でしょうが・・・、話の基準そして発想転換方向としても全く想像の範囲外、しかし限りなく愉快でおかしい。
まさしくそれは ”マッサカーの話” でしょう、特に後部座席のお方よ!、オジサン何で話がそうなんのよー?

「そんで 隣が奥さんてワケ・・・?」

信号待ちを4回も御一緒させていただくにはかなりの距離を走る、毎回信号に引っかかる訳でもない。暇な人もいるもんだ、私は展示会場迄出展のため自走中である事は既に告げてある。パッセンジャーとして同行の家内は、展示場での御手伝い、会場で車輌設置後の「磨き要員」として当日の同乗者でした。

とうとう最後まで、会場であるラホーレ原宿に到着。同行後続車輌のお二人も降りてきた。運転手は50代半ば位、オーナーと思しき問題の「後部座席のオジサン」は70歳を既に超えておられる様にお見受けした、地上で観察しないと解らないものだ。

到着を告げに私が会場に入る前に、確かに触っても跨ってもいいとは言っておいたが、戻ってみるとR75に跨っている。 両手をハンドルに、眼はズーット前方の一点を観ているようだが、傍目の私からは焦点が合っているようにはとても感じられない。

・・ー・^・
何か口ずさんでる、歌ってるようだ。

ここだけははっきり聞こえた、かって私も何処かで耳にした事が有る!・・・軍歌の一節、

^・^・オンナー は ノセナイ戦車隊!・・・

「かっては陸軍で?」聞いてみたが海軍だったとか、これに付いては多くは語らず反対に「”国防色”着て乗ってんだもん、ドイツ軍かと思った!」とおっしゃる、今度は何故か自衛隊とは言わなかった(のだ)。

明日からショーが開場なら「人より先にいいもん見たよ!」とこれがお別れ最後の挨拶でした。


皆さん 「国防色」ってご存知ですか?

その時代カーキ色とも言われましたが、当日はモスグリーン系でとても「国防色」って感じでもありませんでしたが、かって私が作業服屋で見つけたものです。

仕事を完全に放り出し一年と7ヶ月、バラバラにして組み上げた時期に私が作業服として好んで着ていた物です。自分なりにも気に入っていて、品切れになっては困ると買いだめしたものでした。 国防色とレース写真へリンク


それまでの私の人生では、車輌関係を商品として取扱う事はあっても、殆どが新規生産車両の輸入販売でしかありません。 模型好きでラジコン大人少年でしたので、原寸大模型としてのめりこんでしまった、実際に「乗って走れる模型」との出会いは初めてでした。どんどん必要とあれば工具・工作機械装置迄をも購入し、リストア作業に没頭した懐かしい時期です・・と言っても現在でも何か触っていないと落着かない毎日では有ります。

レース場ですから、転倒・落車・コースアウトも当然想定しなければなりません。オジサンが言った「国防色」の下には勿論「皮繋ぎ」を着ておりますが、問題はヘルメット、さすがに「クロムエルやアライではナー」ってんで、弾丸をも寄せ付けないとされた写真の通りのイデタチとなりました。

少々不安だったのはチン・ストラップ(顎紐と思って下さい)当時の日本軍は紐で結ぶ形となっておりましたが、さすがドイツ軍は進んでおりました。然るべきワンタッチ・フックが付いています。パッセンジャーとしての動作体位全てに不満なし、頭を下にしても脱げてしまう事も有りません、それは完全な物でした。


参加目的の一つは、リビルト後の試運転にも有りました。R75本来の機能を発揮できるオフロードレースかトライアル、あるいはヒルクライム関係レースでもあれば全く違った体験も出来ただろうと思いながらも、いつもの通り「怪我なければ優勝」と思えで、出場を許可してくれた主催者に感謝。

レースと言っても、サイドカー・レースではありません。第一対戦相手も無く主催者側温情による特別クラスへのエントリー、ソロを交えての混走です。 着順等関係無い全くのデモンストレーションと言った所でしょう。 しかしサーキットは一般道路のように対向車が無いだけでも安全と言えますが、スリックタイヤならぬ粒の大きいキャラメル・タイヤのままで果たしてタイヤが持つものか? こちらの方が心配でした。

BMWモーターサイクル60周年記念ショーはレース参加数年後の話ですが、今日 Web Site 上にまとめるに当って私の思い出がオーバーラップしてしまいました。

ちなみに羽鳥敬子の写真はレース本番前に与えられる限られた練習走行時間に、サーキット走行体験乗車として、「主催者には内緒」で秋元紀一が機転と英断をもって特に同乗を許したものです。彼女はコース途中のダンロップ・アーチが何であり、これを潜り抜ける快感を満喫しました。写真/ピットにてへリンク

その都度「おカーチャン御免ね!」で押し通しておりますが、家内は時間切れでこれに乗れず、今日でもその不満を聞きます。

「おとうちゃん」こと私は、彼女の与えてくれた「狂気への理解と寛容」を背後に、本日まで無事走り続けている訳ですが、 勝手な事を思いっきりやっている自分の姿を感謝を待って確認しながらも、「これで遊ばせておけば安心」と、これは私が完全に「おかあちゃんの作戦手中にあるのか・・・・?」も知れません。

合 掌


(登場人物敬称略)
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